人気のマウスピース矯正ですが…
「ワイヤー矯正は目立つからイヤだけど、マウスピース矯正ならやってみたい」と思う人も多いと思います。その結果、マウスピース矯正が人気となり、矯正治療を始めている人が増えています。
そんな人気の治療ですが、インターネットで検索してみたら 「マウスピース矯正 失敗」「マウスピース矯正 後悔」などネガティブなサジェストも多数見られます。
「マウスピース矯正に興味はあるけど、不安…」と思われた方のために、マウスピース矯正は実際に歯並びをしっかり治すことが可能なのか、解説してまいります。
治療に関するトラブルの可能性も
結論から言うと、マウスピース矯正は、症例に合わせた正しい治療をしていれば、きちんと歯並びを治すことができる治療方法です。
多くの症例でワイヤー矯正と変わらないレベルで矯正治療が可能で、実際に当院のスタッフもマウスピース矯正を行っています。
しかし、マウスピース矯正は歴史が浅く、ワイヤー矯正と比較してエビデンスに乏しいのです。ワイヤー矯正を併用しなければ治療できない難症例も稀にあり、残念ながらマウスピース矯正に関して消費者センターに寄せられるトラブルの問合せは増えています。日本矯正歯科学会ではマウスピース矯正の注意喚起を促していました。
マウスピース矯正とワイヤー矯正に必要な共通知識とは
矯正専門医に必要な知識はたくさんありますが、大切なことが2つあります。少なくとも当院では、最低限のこの2つの知識がないドクターに矯正治療を任せることはできません。
診断する力
治療の終了(ゴール)を決める知識のことで、患者様の骨格や咬合などを分析して、患者様の希望をもとに治療の最終ゴールを決めることができるスキルのことです。
重要ですが習得には時間がかかります。日本矯正歯科学会認定医になるためには最低5年の研修が必要で、診断力を習得するためには5年以上の勉強が必要になります。この診断力についてはマウスピース矯正もワイヤー矯正も関係ありません。
矯正の歯の移動に対する知識
歯を移動させる知識は治療終了(ゴール)に向かうために必要な知識で、矯正治療の核となる部分です。ワイヤー矯正でもマウスピース矯正でも同じですが、力をかけるだけでは、歯は動きません。力学的、生物学的な部分が関係するので、こちらで簡単に記すのは難しいのですが、矯正治療を行う医師として、とても大切な知識になります。
私も矯正歯科に入局して内容を完全に理解するまでには時間がかかりました。マウスピースはワイヤー矯正と形態と素材が違うため、歯の動かし方に違いが生じてきます。
マウスピース矯正の治療システム
マウスピース矯正の手順と、治療結果を遂行するクリンチェック(治療計画)について説明していきます。
クリンチェック(治療計画)のための歯型取り
Iteroやプライムスキャンといった専門の機械で光学印象をします。シリコンを使った精密な印象でもOKです。
検査→診断
ワイヤー矯正の検査と同じように、患者様の歯や骨の状態を詳しく検査します。
その後、どのように治療を進めていくか診断し、計画通りに歯を動かすためのマウスピースを作る手順に進んでいきます。
クリンチェック(治療計画)など
クリンチェックはインビザライン独自のもので、治療ゴールまでのプロセスを決めるシステムのことです。クリンチェック(治療計画)の結果、マウスピースができあがります。
マウスピースを装着して治療が始まります
これはsure smileで治療している当院のスタッフの治療計画(インビザラインではクリンチェック)になります。
光学印象をインビザライン社やシロナ社に提出すると、イラストのような治療計画が送られてきます。この治療計画をもとにマウスピース(アライナー)が作られていきます。
始めはインビザライン社やシロナ社が作製したクリンチェック(治療計画)が届きますが、これはあくまでたたき台で、実際の矯正治療のプロセスに沿って計画が出来上がっているということではありません。
医師は自分で診断した結果に沿った治療計画を、最終ゴールに合わせて修正しなければいけません。
歯並び治療におけるマウスピース矯正とワイヤー矯正の違い
歯を動かす力の掛け方が違う
一般的に矯正治療は、歯にブラケット装置を取り付け、ワイヤーに力をかけていきますが、マウスピース矯正は歯にダイレクトに力を入れていきます。歯の一部に力を掛けるワイヤー矯正と違い、マウスピース矯正は歯の全体に力が掛かることはいいのですが、マウスピースはプラスチック製で柔らかいため、力が歯にしっかり伝わらない場合があります。
こういった点で、ワイヤータイプとマウスピース矯正では歯を動かすシステムの違いがあり、この違いを理解しながら治療を進めるのが、矯正治療成功のカギとなります。
治療ゴールまでのプロセスが違う
ワイヤー矯正は月に一度調整を行い、その都度歯の状態を見て締め方を調整します。
しかしマウスピース矯正の場合は最初に型取りして、最終ゴールまでのマウスピースをほとんど一気に作製します。
一気に作成したマウスピースは一定期間が来たら交換していくだけで、毎回調整するものではありません。治療が進み、もう少し修正が必要だという場合は、追加のマウスピースを作製して、最終ゴールに向かっていきます。
追加マウスピースは一度だけではなく、最終ゴールまで、何度も作製します。数回は追加マウスピースが必要になることが多いです。
マウスピース矯正でトラブルが生まれる理由
マウスピース矯正もワイヤー矯正と同様、矯正の専門的な知識とスキルが大切だとお分かりいただけたでしょうか。ここからは、マウスピース矯正でトラブルが多い理由を解説します。
マウスピース矯正には得意分野と不得意分野がある
マウスピース矯正には、歯の移動で可能な動きと難しい動きがあります。したがって、マウスピース矯正はワイヤー矯正と比較すると、適応できる症例が少ないのです。
マウスピース(アライナー)矯正で可能な歯の動き
①歯列拡大
②臼歯も後方移動が可能
③臼歯の圧下(歯を押し込む)
マウスピース(アライナー)矯正では難しい歯の動き
①歯の回転
②歯の挺出(歯を押し出す)
③歯の歯体移動(歯の全体を動かす)
歯を平行に移動させることを歯体移動といいます。歯体移動が難しいというのは、抜歯した場合に、歯を前後に大きく動かすことが難しいということです。
つまり、マウスピース矯正は非抜歯症例や歯列拡大、臼歯を少々後方移動することが得意で、軽度の叢生(歯並びがガタガタなこと)や、軽度の出っ歯、軽度の開咬(前歯が咬んでない歯並びのこと)といった症例には対応可能です。
反対に、抜歯を必要とする矯正治療や、前歯を大きく動かすことで口元をスッキリ見せる出っ歯の改善のための治療には、マウスピース矯正はあまり向いていません。
マウスピース矯正の正しい知識がない
矯正治療の知識に乏しいドクターがいる可能性
ワイヤー矯正は、専門の知識やスキルがないと提供できないとわかっているので、専門的な知識がない一般歯科のドクターは簡単には手を出しづらいものです。しかし、マウスピース矯正になると、「知識がなくてもマウスピース製作会社に頼めば大丈夫だろう」と勘違いをされているドクターがいるのかもしれないと感じます。
マウスピース矯正でも、歯を動かす治療という本質的な部分はワイヤー矯正と変わりません。矯正治療を提供するドクターに必要とされるスキルは同じです。むしろ、矯正装置の形態と素材が異なるため、通常の矯正治療の知識だけではなく、さらに別の知識も追加で勉強しなければならないのです。
誤ったクリンチェックの可能性
担当歯科医師の矯正の専門スキルがなく、マウスピース矯正の特性を掴んでいないことで基本的なクリンチェック(治療計画)の意味がわかっていない・しっかりできてないということがあれば、マウスピース矯正が失敗する原因となります。
マウスピース矯正の種類のひとつであるインビザラインでは、患者様の歯の型をインビザライン社へ送り、インビザライン社によってクリンチェック(治療計画)が作られます。
このクリンチェックは、レントゲンの内容も確認しないまま、歯型とお写真だけで想定した単なるシミュレーションでしかなく、作製に携わるのは矯正歯科専門医でないですし、歯科医師というわけでもありません。歯は埋まった骨の中でのみ移動するものです。レントゲンで骨の状態を見ず、歯が埋まった骨のポジションもわからないまま、歯の最終な位置を決めることは、羅針盤がない状況で航海するようなものです。
したがって、ドクターが患者様の骨格や歯並びを見て診査・診断したのちに内容の修正を行うことで、信ぴょう性のあるクリンチェック(治療計画)を完成させる必要があります。
例えば、前歯を後方に動かすケースは、臼歯(奥歯)を固定源にして、前歯を後方に動かします。歯を動かしていくには、ワイヤー矯正でもマウスピースでも固定源は必須です。固定源が不足している場合は、インプラントアンカーを使うことにしています。インプラント矯正と言われる方法です。
矯正歯科専門医はそういったこともよくわかっていますが、最初のクリンチェックは矯正歯科専門医ではない方が計画を立てるため、歯をとんでもない方向に動かしていく非現実的な治療計画が送られてきたりもします。
そのことを理解せず、矯正の専門知識がないまま初めに送られてきたクリンチェック(治療計画)を全く修正せずに治療を進めてしまうと、当然失敗してしまうでしょう。
また、誤った診断で治療計画を仕上げてマウスピースを製作しても、当然、歯並びは全く治りません。マウスピースの性質を考えずに歯を動かそうとしても、計画通りに歯が移動せずに失敗してしまいます。
実際に経験したお話
初めてインビザラインを始める際にはセミナーを受講しなければなりません。私が参加したセミナーには200名ほどの受講者がいましたが、その中に矯正専門医はほとんどいなかったのです。
講師の方は矯正の専門医で、ワイヤー矯正とマウスピース矯正それぞれの、歯の動きの特徴や注意点をしっかりお話ししてくださり、とても勉強になったことを覚えています。
しかし、講師のお話が理解できなかった医師もいたのか、以下のような会話が聞こえてきたのです。
「セファロ(矯正歯科に必要なレントゲン)はうちにはないよ」
「セファロなんて読影したことないし、診断や分析のことなんて全然わからない」
「歯型をとってインビザライン社に送ればマウスピースができるのなら、全部お任せだね」
「インビザラインに矯正の知識っているの?」
会話を聞いていて、本当に驚きました。冗談でおっしゃっていたのかもしれませんが、もし本気で言っているのであれば、マウスピース矯正のトラブルが多発してもしょうがないと思います。
さらに、セミナー中の質疑応答の際、私が講師に質問したところ、講師の先生から
「あっ、あなたは矯正専門医の先生ですね。先生の専門的な質問は他の方たちには全然わからないと思うので、セミナー終了後、個別に質問をお願いします」
とおっしゃられたのです。
言われたとおり、私は講習後に講師の先生に個別にお時間をいただき、質問させていただきました。講師の先生は最後に、矯正の知識がない受講者が多いことをとても心配していました。
繰り返しになりますが、ワイヤー矯正もマウスピース矯正も、歯の移動方法の違いは多少あるものの、矯正歯科の原理原則は同じようなものです。したがって、マウスピース矯正だとしても、矯正歯科の専門的な知識とスキルは絶対に必要です。矯正歯科の専門知識がないドクターや、ワイヤー矯正をやったことがない歯科医師が対応できるものではないのです。
矯正治療では噛み合わせまで治すことも重要
いい噛み合わせ 正常咬合とは
歯の噛み合わせとは、上の歯と下の歯が接触した状態のことです。噛み合わせは正しい状態にしていなければ、様々なトラブルの原因となります。
「正常咬合(正しい噛み合わせ)」とは、上下の歯が適切な位置で接触し、噛むことができる状態のことを指します。歯の咬合面が均等に接触し、上下の歯が均等に負担を分担するようになっています。噛み合わせが適切であることで、食べ物をしっかり噛み切ることができ、消化や栄養の吸収にも良い影響を与えます。
また、噛み合わせが正しい状態であると、歯や顎の関節にかかる負担が適切に分散され、歯や口腔周囲の筋肉にも適切な負担がかかります。これにより、歯や顎の異常摩耗や筋肉の疲労を防ぐことができます。食べ物を噛み砕く咀嚼には、歯の回りの歯肉や歯槽骨、顎関節、お顔や首周り周辺の筋肉など、様々な組織が関わります。その中で、一つでも負荷がかかってくると、色々なトラブルが発生するため、組織全体のバランスをとりながら、噛み合わせを成立させることが大切です。
悪い噛み合わせ 不正咬合とは
「不正咬合(悪い噛み合わせ)」とは、噛んだときに全ての歯が均等に接触せず、一部の歯にだけ負担がかかっている状態です。
噛み合わせが悪化し、顎関節に負荷がかかれば、顎関節症の原因になります。顎の筋肉に負荷が掛かると、肩コリなどの原因になります。
また、歯に負荷がかかると歯周病(歯槽膿漏)にもなりやすく、歯牙破折や歯の磨耗の原因にもなります。歯周病は歯を失うばかりではなく、全身疾患のリスクを上げる恐ろしい病気です。歯科学会の研究結果では、歯周病と認知症の進行に関わりがあるという見解もあるなど、悪い噛み合わせは様々なトラブルの原因になりかねません。健康寿命の観点からも悪い噛み合わせを放置することはお勧めできません。
矯正治療をしたのに噛み合わせがおかしくなるトラブルについて
見た目をキレイにするために矯正を希望される患者様が多いのですが、“矯正治療=歯並びを整えて外見を美しくするだけの治療”ではありません。矯正治療の最終ゴールには、“噛み合わせを正しくすること“も含まれます。正しい噛み合わせとキレイな歯並びの二つが揃うことで、お口の中の機能が向上して、お口の健康な状態を長期的に維持することが可能となります。
気をつけていただきたいのが、「矯正治療を受けたことで歯並びがよくなったように見えていても、同時に噛み合わせがよくなっているとは限らない」ということです。
詰め物や被せ物を装着する治療中に、「この紙をカチカチ噛んでみてください」と言われたことはありませんか?あれは「咬合紙」という紙を噛んでもらい、歯に色を付けて当たる箇所をチェックしています。強く当たりすぎている部分を削合するのが咬合調整と言われるものです。
矯正診療に限らず、虫歯治療もインプラントも歯科医院で咬合調整を行いますが、患者様の「まだ高い気がする」「今はちょうどいい気がする」という感覚だけに頼る咬合調整では、正確な噛み合わせを作るのが厳しい場合があります。
しかし、正確な噛み合わせの調整は全ての歯科医師が完璧にマスターしているとは言い難いのが現状であり、最悪の場合は治療が原因で噛み合わせのズレが生じることもあります。そんなトラブルが起こってしまうのは、矯正診療も例外ではありません。
同じ矯正診療でも噛み合わせの改善もすることで結果に差が生じる
人気のマウスピース矯正の中でも、近年症例数が増加し、世界で700万人以上に選ばれている「インビザライン矯正」はインビザライン社が患者様のデータを元に矯正用マウスピースを製作しますが、診査診断、治療計画は矯正担当ドクターが行う必要があります。
したがって、同じインビザラインならどこの歯科医院で治療を受けても同じだということはありません。正確な噛み合わせも考えながら、診査・診断できなければ、当然結果も違います。
正確に噛み合わせを診断できないドクターが関わってしまえば、結果が出ず、改善どころかむしろ悪い結果となってしまうという問題が発生することでしょう。
正確な噛み合わせの診査・診断ができる医院選びが重要です
正確な噛み合わせ実現のためには、顎が安定するポジションを基準に、お口の中全体・咀しゃくに必要な筋肉・歯槽歯周組織を解剖学的に考え、科学的根拠に基づき診断することが必要不可欠です。
噛み合わせを考えながら行う矯正治療は、高度な知識とスキルが必要です。そのため、知識やスキルに乏しい歯科医院が矯正治療を行えば、「見た目はきれいになったのに噛み合わせが治っていない」というトラブルが発生してしまいます。
もし矯正治療を失敗してしまったとして、治療をもう一度やり直すということは非常に大変なので、矯正治療を受ける歯科医院の選択は慎重にお願いしたいのです。
多くの歯科医院でマウスピース矯正を含む矯正治療を受診できますが、正確な噛み合わせも考えられる医院での矯正治療を心からおススメします。
最後に
知識もスキルもない医師が治療を担当してしまうと、最初のクリンチェック(治療計画)を全く修正せずに作製を依頼したり、修正したとしても、不十分な状態でマウスピースを作ることが多いため、トラブルが起こってしまうでしょう。
矯正歯科専門医であれば最初のクリンチェック(治療計画)をしっかりチェックして、修正した計画を立てていきます。当院では最初のクリンチェック(治療計画)が送られてきてから、最低5回ぐらいはインビザライン社とやり取りして修正を行っています。
少しでもマウスピース矯正に不安なお気持ちがあれば、しっかりとご説明いたします。
マウスピース矯正に限らず、当院でご提供する矯正治療では、見た目の美しさばかりでなく、噛み合わせを含めた機能性までしっかり考え、健康的な生活を送ってもらうことを目標にしております。お口の健康はもちろん、噛み合わせが原因で発生する不調を防止し、心身ともに健康になれる矯正治療を進めていきます。ぜひお気軽にご相談ください。